第1回リフレッシュ教育プログラム 講師・修了生対談
石垣 夢作✕林 竜也
EMP修了生コミュニティの豊かな力を学術研究の社会実装のインフラに展開するモデルケースとして
4月25日開催の拡大Post EMPスクール「国際連携研究プロジェクトにおける課題 ― 東大EMP講師と修了生がつながる好事例 ―」で、研究そのものではなく、それを支えるさまざまな業務が、特に国際的な研究プロジェクトを推進する中で大きな足かせとなりかねないという問題が提起されました。日本全体の問題でもあり、日本の優れた研究力をより強くするヒントもあることから、この問題を広く修了生に共有すべく、インタビュー形式で深掘りしました。
始まりは第1回リフレッシュ教育
林:改めて石垣さんが甲斐先生の研究プロジェクトに関わるようになった経緯を教えてください。
石垣:2021年9月に受講したリフレッシュ教育プログラム* で甲斐先生の講義を受け、アカデミアの研究の社会実装が難しいという話を伺いました。特に創薬の分野では長い時間をかけながら治験を乗り越えて承認を得られるところまでたどり着けるケースはごく一部に過ぎないという「死の谷」が説明され、「良い研究が世に出るのは難しいんですよ」と。「手伝ってほしい」ではありませんでしたが、「困っている」と。
林:製薬会社は多くの開発パイプラインを同時並行で走らせて、いわばポートフォリオとして巨額の研究費のリスク管理をしているのに対して、大学の研究室ではそういうわけにもいかない。特に甲斐先生のようにニパウイルスのような希少疾患のワクチン研究ともなればさらに難度が増します。「みなさんも一緒になって考えてほしい」と言われていましたよね。その切実な言葉は私も強く印象に残っています。
石垣:私も何か重いメッセージを受け取ったような気がして、プログラム終了後、横山さんを訪問して「何か社会実装ってお手伝いできないんですかね」とお話をしました。「じゃあ今度ほかの人も呼んでそういう話をしようか」となり、リフレッシュ教育プログラム修了生が何人か横山さんのオフィスに集まったんです。
そこで「とにかく甲斐先生に会いに行こう」ということになり、2月の寒い雪の日にみんなで生産技術研究所を訪ねて議論をしました。その時は「今度飲み会でもしましょう」という感じで終わったのですが、1ヶ月くらい後に、甲斐先生から横山さんに連絡が入ったんです。甲斐先生がリーダーをしていたCEPIのニパワクチンプロジェクトの経理担当者が急に辞めることになり、プロジェクトを回せなくなってしまうので、英語ができる経理経験者を紹介してほしいという内容でした。横山さんも私たちも手を尽くして探したのですが、1ヶ月でそんな人材が都合よく見つかるはずもなく、結局「まあ石垣さんがやればいいんじゃない?」みたいな流れに(笑)。切羽詰まっていましたので、「じゃあ、とりあえず週1日2日であれば私がやります」っていうことで研究室に行ったら、「東大職員になってもらわなきゃ」みたいな形になって…紆余曲折ありながら、今に至ります。
林:仕方なく大変な役割を引き受けてしまう経緯がとてもEMP的で素敵です。
※リフレッシュ教育プログラム
「アンテナは磨かなければ錆びる」を元に、EMP修了生を対象としてデザインされた教育プログラム。2021年9月に6日間のプログラムが第1期として開講し、21名の修了生が参加した。詳細はEMPower Vol.25参照。
国際的な大型研究プロジェクト参画での壁
林:ところでCEPIと言えば、ワクチン研究を支援する大規模なグラントを提供する国際的な機関ですよね?
石垣:そうです。ダボス会議で感染症対策が重要な課題だと議論されたことをきっかけに2017年に設立されました。ビル&メリンダゲイツ財団のほか、支援国としては最初はノルウェーが中心だったんですけども、いまではほとんどの先進国が加わって資金提供しています。当時はまだ日本は10番目くらいでしたが、去年追加出資をして700億円とトップクラスの出資国になっています。
ところがそこから資金を得ていた日本のプロジェクトは、甲斐先生の研究と、NECの少額の研究の2件だけ。そういう意味では甲斐先生が日本のパイオニアでした。しかし、研究対象の薬剤の製造業者や、関係する治験を行う機関等は全部海外だったんです。日本ではできる人や機関がないということで…
業務は2022年4月から始めたのですが、その時点ではすでに研究資金の出し手であるCEPIとの関係がかなり悪化していたんですね。グローバルな公的機関から資金提供を受けているわけですから、相当しっかりとした事務対応が求められるのですが、経理や事務に関するこちらの対応への不信感が募っていたのです。先方とコミュニケーションが取りにくい状況になっていたので、それをひとつずつほぐしていきました。監査の対応がうまくいっていなかったことも関係悪化の原因のひとつであることがわかりましたが、それについては当時研究室で担当されていた方々が気の毒だったなと思いました。国内で経理業務の経験と家族に帯同での海外在住経験がある方だったのですが、海外の公的機関を相手に経理や契約の話を交渉も含めてひとりで差配するのは荷が重かったと思います。
いろいろ建て直しを試みましたが、結局去年の4月に突然プロジェクトを打ち切る旨の通知がきました。そこから清算手続に入り、6月頃にはこのプロジェクトも終わりかと思ったところ、甲斐先生が今度はAMED(日本医療研究開発機構)からもっと大きな資金を獲得してきて(笑)。それでプロジェクトは継続になりました。
林:甲斐先生のなんという生命力!
石垣:はい。いや、もうすごいな、と。
考えてみれば当然のことながら、海外とのやり取りでは、契約書などやり取りもすべて英語です。一方で東京大学の事務は基本的に全て日本語での対応なので、先方との契約書や経理書類全部を和訳してくださいと言われます。また、大学の事務で作成した書類を全部英訳しなければなりません。これを研究の傍らで対応するのは本当に大変です。そういった業務を英語で請け負うことができる組織がないと、研究室単位ではこうした研究体制を運営するのは無理なんじゃないかな、と思いましたね。
林:研究室は、基本的には小規模事業者じゃないですか。事務方のスタッフも数人ですよね。研究資金を調達するところから、調達した資金の出し手に対する報告も含めて研究プロジェクトを回していくには、研究フロントだけではなく、いわゆるバックオフィスみたいな機能が必要でしょう。それを小さい所帯である研究室単位で完結しなければいけないという前提になっている。Post EMPスクールでの話の中でもすごく衝撃的でした。
石垣:たまたま海外のプロジェクトだったので、それがわかりやすく見えてしまったと思うんです。東大の総務も経理もすごくしっかりしているんですよ、日本語であれば。
本来は英語対応も含めて、法務、経理のサポート機能が備わっていればいいと思います。それがないと、海外の機関と大きなコンソーシアムを組んで研究を進めるのはインフラ的に難しいのではないかと。
CEPIプロジェクトが始まる時に、東大に対するデュー・ディリジェンスがあり、当然英語です。このときは、一緒に組んだコンソーシアムから海外の機関の人が来て代わりに全部答えてくれたので乗り切れたと聞いています。企業だったら海外とのデュー・ディリジェンスは普通に対応していることですが、アカデミアでは難しいのが現状だと思います。
林:もちろん東大が世界的にもリーダーたる研究機関のひとつとして、国際研究も実際には行われていると思うんです。でも大きな外部資金を受け入れて、それをきちんと管理・報告しなければならない前提での国際共同研究は、実はサポート体制があまりにも脆弱なので、研究者としては優れたリーダーがいても、現実にはできないという「詰み方」をしているのが非常に問題ですね。他にも、我々が認識できていない研究フロントで、もどかしい思いをしている先生方が大勢いるんじゃないでしょうか。
石垣:はい。まさに私もそう推測しています。ただ、鶏と卵みたいなところもあって、まだこういう大きな国際コンソーシアムがあまりないので、大学もそこまで対応する必要はないと考えているのかもしれません。とはいえ、東大にできていないことを他の大学ができているとはとても思えず(笑)、日本全体の問題じゃないかな、とも思います。
ビジネスコミュニティとアカデミアの接点
林:民間企業の中には、他の企業と共同で何か大きなリソースを使ってものを動かしていくための管理体制を備えることは珍しくありません。経験者も色々なレベルで存在していますよね。契約に強い人、経理に強い人、様々なリソースもワンセットで揃っているわけです。産学連携というと大げさですが、ビジネスコミュニティとアカデミアの接点が継続的な形で設営され、必要なリソースをアカデミアが使うことができれば、実は東大の潜在的な研究力を大いに開花させることに繋がるチャンスがある、と。
石垣:はい。こういう仕事はフルタイムの人材を揃えるには及ばないので、コモンキッチンみたいな形でできればいいと思います。そうすれば費用もあまりかかりません。例えばEMPで、実務経験があって時間がある修了生がまず関わり、そのような方の指導のもとにポスドクの人に入ってもらうと、研究に加えて違うキャリア形成の機会も提供できるかもしれません。
CEPIの人と話をしていると、プロジェクトマネジメントの専門家がいて「ドクター」を持っているんですよね。海外ではプロジェクトマネジメントの養成コースもあって、プロマネに特化した専門家も結構いると聞きました。日本もそのような道があったらいいんじゃないかなと思いますね。彼らはそれなりに高給取りですし。
林:一般的に日本の大学の研究予算は少ないから、必要なリソースを潤沢に揃えられない、と多くの先生がおっしゃいます。それに対して甲斐先生の今回のケースは大きな研究資金が得られたのに、それを運用していくためのサポート体制が不十分だった。この問題は二重に難しいというか、残念な感じがします。つまり、せっかく資金の問題が解決したのに、それを使ってサポート体制を作ろうと思ったら、どのようなスペックの人を揃えたらいいかわからない、あるいは見つけられない。
石垣:実社会に経験を備えたリソースがいっぱいあるのに、そこにアクセスをする道筋がない、ということでプロジェクトをうまく回すことができずに打ち切られてしまうというのは、本当に勿体ないですよね。だからマッチングがうまくできれば、もっといろんなことができると思います。しかもグラントですから、ある程度パターン化できます。一旦やり方が決まってしまえば、それほど難しいものではないと思います。
林:インフラとしてサポートするチームがあれば、その経験の蓄積が力になっていく。個別のプロジェクトや個別の研究室でやるより、大きな単位でリソースをプールしておいて、それを必要に応じて稼働するほうが正しそうです。
石垣:先生方は学問の世界での繋がりはたくさんありますが、ビジネスの人たちとの繋がりには乏しい。甲斐先生もそうですけど、「そんなの全然知らないのよ」という感じです。ビジネスコミュニティとアカデミアの接点を作ってマッチングをするのは有効だと思います。
EMPコミュニティから社会のインフラを
林:ところで石垣さんは今回たまたまご自身のライフステージとか、リフレッシュ教育プログラムで甲斐先生との接点ができたとか、いくつかの偶然が重なって、どっぷりと甲斐研究室のサポートに関わるようになってしまったわけですけれども(笑)、この経緯についてはどうお感じですか?
石垣:まあ良かったと思っています。ただ、横山さんの言葉じゃないですけど「乗りかかった船だからやるっきゃないだろ」(笑)みたいな感じです。GDHD(偶然の出会いは必然の出会い)ですね。
CEPIの話とは別ですが、今僕は、甲斐先生がウイルスによるがん治療の研究のために新しく作った会社に参加して事業化を進めています。そこで取締役が1人足りなくなったことがあったのですが、もう時間がない、株主総会の議案を決める取締役会まであと数十時間しかない、という状況になっても引き受け手が見つかっていませんでした。そこで横山さんにお電話したらアメリカにいると。「今さ、こっちは夜でさ、寝てるとこだから。明日の朝にしてくれない?」って言われて。で、8時間後にもう一回電話したんですよ。「実はこういう事情なんで、社外取締役をやっていただけませんか」って。そうしたら、「わかりましたよっ。もう乗りかかった船だから、やるよっ」(笑)と。地獄で仏とはまさにこのこと(笑)。他にも弁護士の修了生が全面的に手伝ってくれたり、投資家の修了生が偶然株主にいて、大変な状況のときに味方になってくれたりと、すでにEMPコミュニティからたくさんサポートしてもらっています。
林:「甲斐研究室の石垣ケース」をモデルケースとして、EMPのコミュニティがいかに研究者の先生方を強力にサポートできるリソースを備えているのかを大々的に売り出していきましょうか。
石垣:売り出すのは柄じゃないですけど(笑)、こういうケースが増えてくるといいなと思います。やりたい人もいっぱいいるでしょうから、ぜひEMPの力を使って研究をサポートするリソースのマッチングのインフラみたいなものを整備したいですね。
(8期:関根千津、9期:戸矢理衣奈、29期:朝来野希美)
【 登壇者プロフィール 】
林 竜也 ユニゾン・キャピタル株式会社 代表取締役 |
石垣 夢作 SKYE PARTNERS JAPAN合同会社 代表 アールバイロジェン株式会社 代表取締役社長 |